先日、BIG MAGIC LIVEで配信していた時の話。不特定多数の人が見ている配信だが、可能な限りそれらの方全員にこちらの発言が伝わるべきだと思いながらやっている(個人配信は別だが)のだが、どうしても長年慣れ親しんだマジック用語というものがポロッと出てしまうことがある。
「ラスゴ引いたらまだいける!」とかね。その時も「ラスゴ」と言ってしまったので全体除去のことね~とフォローしといたのだが、なぜそのように呼ぶのか気になるというコメントもあった。20年以上マジックに接している視聴者もいれば、このようにMTGアリーナから始めたので古のカード名由来の用語は意味が分からないという視聴者もいる。
最近では後者の方が圧倒的に増えたことだろう。そういった人々に向けて、「ベテランが使いがちなマジック用語集」という記事もやってみたいところだが、ボリュームはなかなか壮大になりそうである。う~む...と、とりあえず今回、ラスゴの話だけでもしてみようか。
第3回 History of RASUGO
スパパーンと結論から言ってしまうと、ラスゴとは《神の怒り》のことである。英名Wrath of Godを縮めてラスゴ。あるいは単にラスとも呼ばれる。そんなわけで日本のベテランにしか通用しない用語であるので、注意されたしだ。ネイティブっぽく発音できれば通じるのかもしれないが。
《神の怒り》はマジック史上最初の全体除去である。その最初期のテキストを振り返ってみよう。
「All creatures in play are destroyed and cannot regenerate.」
この頃の戦場/Battlefieldに相当する単語はin play。日本語ではながらく場と訳されていた。「場に出ているクリーチャーはすべて破壊されそれらは再生できない」と早口でまくしたてるようなテキストである。
そもそも場(戦場)に出ていないクリーチャーは破壊できないのだから、わざわざ場に出ているか否かをどうこう言う必要はないのだが、その辺はルールがまだ曖昧だったのでしっかり明記しておくことが誤解を生まないベストな形だったのだろう。
マジックがヒットし、基本セットも代を重ねて『第5版』が出る頃にはテキストは随分と洗練されたものになった。
「Bury all creatures./すべてのクリーチャーを埋葬する。」
今ではすっかり見なくなった能力、再生。これは能力名からイメージされることと実際の挙動に若干のズレがあり、かつルール的にも複雑なものだったので今後新規で登場することはないと明言されている能力だ。再生持ちのパーマネントが破壊される前にこの再生能力を起動していれば、それは墓地に置かれる代わりに戦場に残る、というもので、当時は黒や緑を中心に割と多くのクリーチャーが所持していた。
埋葬とはそれらの再生持ちを能力無視して問答無用で破壊するというもので、フレイバー的にはもう墓にきちんと埋められちまったから再生もクソもないぞ!ってことなのだろう。マジックを始めた当時、僕らが最初に触れた《神の怒り》のテキストはこれだった。他のカードにはほとんど見ることが出来ない埋葬というフレーズに随分困惑したものである。
ちなみに埋葬は「生け贄に捧げる」とごっちゃになって使われている時期があった。いくらなんでも正しいニュアンスが伝わりづらいので、これらは別のものとして扱われるようになり、埋葬は『第6版』の時点で完全に廃語となった。こうして多くのラスゴ世代が慣れ親しんだテキストが誕生した。
「Destroy all creatures. They can't be regenerated. /すべてのクリーチャーを破壊する。それらは再生できない。」
ラスゴと言えば、何度も言うように《神の怒り》である。神。Quinton Hooverによる初代イラストを見ると、戦争中であったろう人間やオークらしき種族らの夥しい死体の山と、その向こうに怒りの表情を浮かべた霊体らしきものが見られる。これが神の正体だろう。
マジック黎明期には多元宇宙という設定は確立しきれていないフシがあり、この《神の怒り》や《十字軍》《ハルマゲドン》といった我々の世界の宗教、キリスト教のイメージを色濃く反映したカードがいくつか存在している。
まさかこの後に神というクリーチャータイプが制定されることになるとは。テーロス次元の白の神、ヘリオッドが憤怒する様を描いたイラストのものが『From the Vault:Annihilation』に収録され、長年の《神の怒り》が抱えていたキリスト教的なイメージを払拭することが出来たようだ。
マジックの背景世界がしっかりと確立されたことにより《神の怒り》は各次元を舞台にしたエキスパンション・セットには再録することが難しくなった。基本セットに含まれているカードを通常セットに入れるのもあまりよろしいことではなかったのだろう。しかしそれでも、《神の怒り》的役割のカードは各セットにおいて必要な存在だった。リミテッドや、今ではなくなったブロック構築といった基本セットと関係のないフォーマットにおいて、盤面からクリーチャーを消し去るリセットボタンの役目を持ったカードはゲームを面白いものにするために不可欠であった。
そこで、様々な《神の怒り》亜種が作られることになる。パワーやエンチャントが付いているかなど、クリーチャーの状態によって破壊されるか否かを決めるもの。コストが重くなったことでインスタント・タイミングで唱えられたり、トークンが出てくるなどのボーナスがついてくるもの。エンチャントやクリーチャーといったソーサリー以外の形になったもの。破壊ではない形でクリーチャーを戦場から消し去るもの。
様々な亜種が作られたが、それらと比較しても《神の怒り》は基本的に上回っていた。クセがなく、4マナと非常に使いやすい。また最古のカードということもあって、その存在感は圧倒的だった。「ラスゴ」という愛称がプレイヤー達の中で絶対的なものとなったことで「5マナラスゴ」「6マナラス」「置物も割れるラスゴ」など、カードの正式名称を抑えて広く使われるようになったのだ。
ラスゴという名称が長く使われる一因として、基本セットにながらく収録され続けたというのも大きい。最初の基本セット『アルファ』から『第10版』まで、ずっとプレイヤーの傍らにあり続けた。この期間の初心者はとりあえず《神の怒り》を手に入れればコントロールデッキが組める、そんな時代だったな。
そのラスゴの伝説もいつまでも続いたわけではない。『第10版』に続く基本セットはそれまでの方針から脱却、再録カードだけでなく新規カードも含むセットとしてスタンダードにより影響を与えるものとしてデザインされるようになった。
生まれ変わった『基本セット2010』には...《神の怒り》の姿はなかった。そこにあったのは《次元の浄化》。プレインズウォーカーも破壊できるカードとして新たに登場したリセットボタン。カードの効果としてはこちらの方が広い範囲を攻められるのだが...当時のプレイヤー達の《神の怒り》が基本セット落ちしたことに対する悲嘆の声はそこそこに耳にしたものだ。
ただ《神の怒り》の退場と共に、世代交代として現れた次世代の《神の怒り》こと《審判の日》。『ゼンディカー』にて登場したこのソーサリーは、単にラスゴから再生を許さない一文が抜けただけのもの。ほとんどそっくりそのままラスゴとして用いることが出来るものであった。これをラスゴと呼ぶのはラスゴ・ロスしたてのプレイヤーには抵抗があったのかもしれない、当時はこのカードを「デイジャ」と呼ぶプレイヤーも少なからず。
このデイジャ、『基本セット2011』『基本セット2012』と連続で再録され、しばらくはスタンダードの全体除去の顔を担っていた。ただこのカードがスタンダードに存在した数年間では、ラスゴに打ち勝つことは叶わなかった。《終末》が「奇跡デイジャ」と呼ばれることは無かったのである。
《神の怒り》は純粋に強すぎた。4マナというコストは序盤からクリーチャーを並べるデッキにとってはかなりしんどい。これが1ターンずれるとかなりマシになるので、近年は《燻蒸》《浄化の輝き》と5マナのラスゴ亜種たちが作られ続けていた。ただ、そうなると今度は強いクリーチャーカードもデザインしにくくなるというもの。そこらのバランスを上手くとるためにデザインされたであろう1枚が...最新のラスゴファミリーの一員、《ケイヤの怒り》だ。白白黒黒と色マナ拘束を厳しくすることで4マナの相手を選ばない全体除去が復活。
このカード...絶妙だね!4ターン目に唱えられるが、そのマナ拘束から確実に唱えられる保証はない。特に白黒に青を足した3色構成では、青黒土地を引きすぎたりで4ターン目にマナが揃わずに唱えられない!なんてことが往々にして起こる。
強いんだけども絶対的な存在じゃない、そのデザインのおかげでクリーチャーデッキ側も萎えずに「もしかしたら唱えられないかもしれない、その場合絶対に勝てるから全展開するか?」という選択肢が立ち上がってくる。このドキドキ感が良いんだわ。最新のラスゴの系譜が4マナでかつ名前に怒り/Wrathを含み、決して強すぎない...マジック26年の歴史の集大成って感じがするね。
というわけで今回はMTGアリーナから入ったプレイヤーの多くが知らない、されど配信では多く耳にするだろう「ラスゴ」についてその歴史を遡りつつ解説してみた。今後も不定期でこういうことが出来たら、ちょっとは意味のあるコラムになるのか。『エルドレインの王権』でも過去のカードの系譜に連なる1枚が出てくることだろう。またわからない略称とかあったら、配信で聴いておくれや。ほな、また。